依存先を多く持つ

バランス調整・ストレスケア

依存先も分散投資か?

ということはアレコレ取り入れているサタニストは正解か?

前回の続きです。

 サタニストという観念 – 武田美紀のブログ

続きは特に予定していませんでした。

今日書く予定にしていたのは「優柔不断」についてでした。しかし、前回の記事をアップした後にこちらの動画が目に入ったのでシェアすることにした。

 

というのも、依存(共依存も含め)についてお話されていて、のめり込むのを防止するには依存先を多く持つという手法について触れていたからです。

 

愛が深まるほど支配したくなる

動画を見ていただいて、それぞれが受け取ることがあるでしょうが、あくまでも私が今まで生きてきて、病的な支配欲や病的ではないまでもかなり強い支配欲を感じた世の中で遭遇したケースについてですが、そこに「他者への愛」は感じにくかった。

感じたのは自己愛というか、自己保守感、自己のチカラの顕示欲(勝ち負けでの勝ち欲)、利己主義感でしたが皆様はどういったケースに遭遇されましたか?

 

https://kinesiology.cloudfree.jp/20240129/

支配される=私は愛されている

支配欲を自分への愛と感じる相性があることも知っています。

従いたい。命令してほしい。決めてほしい。寄らば大樹の陰と感じるような相手に寄り添いたい。そして、自分に従い、命令をよく聞き、自分の決定に意を唱えない、どのように扱っても離れない相手を「自分を愛している印」と受け取る相性もある。

 

その方は、こういった関係性が愛だと学んだ。ともいえるだろう。

ElisaによるPixabayからの画像

真実の愛はなんだ?という話ではなくて

ただ、こういった価値観は短期間ではなんともならないし、それが「業 ごう」級ならば今回の生では変わらないかもしれないし、その価値観は高齢化して初めて興味が薄れるようなケースもあるようだ。

ヒト・人格は変わらないけど、興味の対象が変わったり、それに対する情熱が薄れるというような意味で。

 

真実の愛がなにか?ということもいろんなご意見があるのでしょうが、もうご本人が幸せならばそれがBestではないか。

これに尽きてきた。(笑)

 

自分の幸せを他者に説得する必要もない。他者不在で何一つ評価が無くても感謝しかわかない幸せってある。

だけれど、いろいろあっての人生なので、各自の生を目一杯味わい尽くすことだけなのかと思う。

 

自分をそのまま観る

自分をそのままに見たから、気づいたからといって価値観・行動・選択が急に変わりづらいこともあると思うんですよ。

動画の中の中村うさぎ氏もおっしゃっていましたし、誰に聞かなくても私たちのほとんどがそういった体験の1つや2つや100個や1000個ありません?

 

わかっちゃいるけどやめられない。という言葉もありますでしょ?

 

となると、わかるだけでは人生を変えようとした際に少々パワー不足なんでしょうね。

 

ストレスケアは非常に有用だと信じていますが、ストレスケアだけでは価値観・行動・選択までは変わらないことが多い。

「決める」という胆力と、それを続けるという継続力・根気が大切なんだなぁってしみじみ思います。逆を言えば、これができるならストレスケアはあくまでも補足(身体がかなり軽くなる)だろうと思う。

 

ゴールじゃない

ストレスケアを知る、ストレスケアにたどり着くことがゴールじゃないと私はとらえていますが、これこそ人生観によるのでヒトそれぞれです。

これは通過駅でしかないと私は捉えているけれど、バランス調整しているから大丈夫だとしてここをゴールと捉える方もいる。それで良いならその方にとってはBestなんだと思う。

wal_172619によるPixabayからの画像

 

サタニスト的な要素を必要としないケース?

先ほど、「他者不在で何一つ評価が無くても感謝しかわかない幸せってある。」と書いたが、このような体験は普遍的ではないのかもしれない。ただ、こういった感覚を体験すると、占い、霊能、スピリチュアル、オカルト、何かからのメッセージ云々などを必要と思わなくなるような気がする。と書くのは乱暴だろうか?

こんな書き方は誰かを傷つけてしまう可能性もある。

 

ただ、慣れていく、練習するという点からみたら、それらから距離をとることは正攻法とはいえるのかもしれないが。

 

試行錯誤して自分の道を行くしかない。

Oladapo OlusolaによるPixabayからの画像

 

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