引き続き潜在意識を考えてみた
無いとは言ってないです
前回の記事の続きを書きます。
こちらのブログもいよいよ2026年の消滅の時期が近付いております。
最後まで走りぬきましょう。(笑)

Oladapo OlusolaによるPixabayからの画像
シンクロか?
「ミルクティー飲みたい」という名前のユーチューバーさんにこちら ↓ の記事で登場頂きましたが、ブログを書いたのち、ご自身のコンテンツで(世の中はどこへ進んでいくのか?)という内容を発信されていました。あら?このタイミングは良すぎるな。と思ったもののご本人がたとえエゴサーチされててもウチのブログは出てこないだろうから単なる偶然だろうという結果としました。
潜在意識が理由ならALL OK?
理由や答えを「潜在意識」だと説明したり、理論展開したりする方は星の数ほどいる。
潜在意識という言葉が世の中を席巻する前はそれらの理由を「運命」とか「宿命」と表現されることが多かったのではないだろうか?
それを言っちゃあお終いよ。とは言わないが、それから先の議論や説明をむりやり断ち切られてしまうパワーワードではある。真理なのかもしれないが、それが正しいのかどうかを私は知らない。
が、それが正答だと信じ込んでしまうケースは多い。
それを聴いて(そうか! 潜在意識か! それなら納得!)とあっさり納得してしまう。
その潜在意識の定義は正しいかどうかはわからない。いろんなシーンで潜在意識が登場し過ぎているし、根拠だと決めつけられ過ぎているように思う。それは、占いなどの(統計ですから)という鉄板の理由の根拠の過去何千年だか何百年だかの統計について言葉だけで実物・現物が無いように思えることとかとニュアンスが似ている。

Kohji AsakawaによるPixabayからの画像
無意識という状態は日常生活を送っていても「ある」という実感がある。「潜在意識」も私個人はそう表現される状態はあるだろうと思ってはいるが、だがしかし、「世の中や人間、日本人を導く側ですから」と思っておられそうな方々の定義、というより、それが意味するところの使われ方や説明が本当に合っているのか?と思うことも多くなってきた。

Egonetix_xyzによるPixabayからの画像
それは多分、「潜在意識」の説明のされ方というより、「世の中や人間、日本人を導く側ですから」という方への私個人が感じる疑問、疑惑だと気が付いた。
「潜在意識」というツールを使っている側の「使い方への疑問」ということです。
なんでもそうだけど、言葉も思想も使う側のニュアンスひとつであろうと思うが、「世の中や人間、日本人を導く側ですから」というようなスタンスを意識的にも無意識的にも取っている方の場合は、自分の知っていること、思いついたことを正解だとして疑わない。
そして、これは良否分かれると思っているのだけれど、「世の中や人間、日本人を導く側ですから」という皆さんがいろいろ味付け・加筆をするんである。その味付けを「私なりの説です」「私の味付けです」とは言わずに「これが真実だ」「はるか昔からあるマコトだ」とおっしゃる。(このように私が感じるというのが正しい)
自分が味付けしたことを世の中の理(ことわり)級に昇格させてしまうんである。
いや、本当に理(ことわり)級のケースもあるだろうと思うのですが、「世の中や人間、日本人を導く側ですから」というようなスタンスを意識的にも無意識的にも取っている方々にそういった深淵なる香りが漂っていることはあんまりないような気がする。(自社データ調べ)
何度も補足するが、正解なのかもしれないし、ただの思い込みなのかもしれないが、そのあたりについて私が真実を知っているわけじゃない。
ただ、例を挙げたい。
導く側。 言葉を変えたらグル(導師)
オウム真理教の元グル・故松本氏は最初は自称グル(導師)だったのかもしれないが、そののち団体の中で明確な他称・公称グルに昇格しましたよね。ハルマゲドンという世界規模の予言もしていたという報道でした。
影響力の大きい、小さいは問わずに「自称・私は導く側です」的なスタンスだったり、発信だったりをしている方って多分探せば(探さなくても)山ほどいる。
そういった方々を見るにつけ、(あぁ 似ているなぁ)(不思議なほど同じパターンを描くなぁ)(世の中に隠れているフラクタル図形がここにもあるなぁ)と個人的に思う。

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彼が創った物語
ハルマゲドンとはキリスト教の「ヨハネの黙示録」に登場するとネットが教えてくれたが、故麻原氏がヨガをしていたかと思えばキリスト教の予言を話し、それを信じた多くのヒトがいた。信じるあまり他者の存在を消したり、苦しめることを正当化した。
あれについては「彼が創った物語」に乗っかった一定数の人間がいたのです。
7月5日についても乗っかった一定数の人間がいた。乗っかり方も、実はもっと早くから知っていたという今となれば妙な優位を示す乗っかり方もあった。
ノストラダムスの大予言もそう、アセンションとかいうブームもそう、マヤ歴もそう。他にも枚挙にいとまがない。
2025年7月5日の件について
以前も書いたので前とは違うことを書きたい。
いろんな方が2025年7月について情報を伝播する側に回った。この時に、「私はもっと前からこの7月の件を知っていた?予言していた?」という方も現れた。
一層の優位性を主張ということでしょう。
「みんなで安全な場所?に」とイベントをした方、出演した側の方、イベントに集まった方は主催した「彼が創った物語」に乗っかったわけですね。作家さんはあくまで第一段階で、イベントやもっと早くから知っていたとそれぞれのYouTubeで発信したとなるとそれはもう「彼が創った物語」「また別の方の創った物語」だろうと感じます。
で、何もなかった。
しかし、存在や名前が有名になりビジネス面で良い影響のあった方もいた。
なにもなかったことや、2025年7月について予感を外したことなどにその後触れずにいたり、「いやぁ皆の集合意識が事態を回避して云々」みたくポジティブ解説することはお茶を濁されているかも?誤魔化しかも?とは考えないのだろうか? という面が、何もなくて良かった面と同じくらい目に見えてしまう。
他人事は自分事なので、このようなことを書く私もフラクタル図形の住人として同じことをしているだろうから糾弾しようもんなら即ブーメランが戻ってきますが、一応、自分が以前と考え方や価値観が変わった時は「以前とは違う」と書くようにはしているつもりです。
私が知らん顔しているとしたら、それは以前の自分の発言を忘れている可能性があります。

rubyliaによるPixabayからの画像
小見出しをもう一度書くと、「潜在意識(集合意識)が理由ならALL OK?」なの?
正解なのか、ご都合主義なのかよくわかりませんわ。(笑)
ただ、とある「自称・私は導く側です」系はここに疑問を抱かない。
目や表情も似ている。
そして、そういった皆さんはヒトを信じさせるチカラのようなものを時として発揮する。と、自社データにはある。
多分、人間の恐怖や不安に スルッと入ることができる天賦の才なのかもしれない。悪魔的ともいえるかもしれないし、サタニストというようなカテゴリーに入るのかもしれない。
が、受け取った側は偽物の安心感を得られる。
偽物と書くのは、本物の安心感を得られるなら卒業していく可能性が高いのでは?と思うからです。次から次へ現れる「その方の物語」を知らないことが不安になり、翻弄され続ける。
良いも悪いもない
本物でも偽物でもその一瞬の安心感を得られるのならOKという歌の歌詞がありましたかね?
ウソの愛でも愛は愛。みたいな歌詞とかありましたっけ?
そうね、良いも悪いもないのよね。
はるか昔から続く物語のパターンではあると思うけれども。

socialtrendspr0によるPixabayからの画像
ツールではなくて、ツールを使う側の問題か?
これはどんなメソッドも一緒。
同じメソッドを伝えていたとしても、「自称・私は導く側です」にあっという間になる方と、そうはならない方もいる。

https://kinesiology.cloudfree.jp/20240129/
違いは何?違いはどこ?
本当に理(ことわり)級のケースの場合、先述した「目や表情も似ている。」と感じる独特の類似性が感じられないのであろうと個人的には推測している。ただの個人的な思考です。
というか、本当の理(ことわり)級にはまた違う意味で似た雰囲気はあるのかもしれない。

Alisa DysonによるPixabayからの画像

Rudy and Peter SkitteriansによるPixabayからの画像
伝わるように書けているだろうか?
私はこのご時世になっても動画発信するつもりが無い。今のところは。
私というヒトをイメージできた方が安心するかな?と自己紹介動画をホームページに載せていたがそれも数か月前に削除した。講座の冒頭をイメージ映像として載せていたのも削除した。
2025年12月中旬の今は、動画完全撤退しています。ショート動画も無し。
そういえば例の音声だけのルームが一瞬流行りましたね。クラブハウスってコンテンツでしたか? 今調べたらいくつもあるみたいだけど、クラブハウスは私が一度も参加することなくオワコンしたみたい。
歯列矯正してるからラジオからも撤退しましたし。
そして、このブログもサイト側の運営都合により間もなく消滅します。代替のサイトには引っ越ししません。
書くことが好きなんですね。考えて、書いて、読み返して意味が分からなくて、また考えて、書いて、の繰り返し。飽きもせず。(笑)
今回、一旦アップします。
アップする前に読み返していますが、一度アップしたあとに変なところは訂正します。
そして、書きたいことが書けてなければこの続きをまた書きます。
——
と、一度締めてから、そうだ!肝心のことを書き漏らしている!
次回は「検証はしないのか?」について書きたい。

isuzu1202によるPixabayからの画像
