今日現在のまとめ

バランス調整・ストレスケア

2026年3月末で終了よね?!

残ったら残ったでOK。消滅したら消滅したでOK。

ところでこのブログが消える日の確かな日っていつだったっけ?と確認しました。

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平素は「シンブログ」をご利用いただき、誠にありがとうございます。
このたび当サービスは2026年3月31日をもちまして、サービス提供を終了させていただきます。

現在ご運用中のブログにつきましては、無料でご利用いただける「シンフリーサーバー」
より高性能で充実した「シンフリーサーバープラス」「シンレンタルサーバー」(有料)などの
当社サービスへの移行をご検討くださいますよう、お願い申し上げます。

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そうか3月31日だったか。と思ったものの、??? と思った点が1つ。

それは

「シンレンタルサーバー」(有料)などの
当社サービスへの移行をご検討くださいますよう、お願い申し上げます。

この部分。

私はHPを有料サーバーで管理しているので「シンレンタルサーバー」(有料)だと思うんだけど。

 

ですから、ひょっとしたらHPももろとも消える可能性もあるな。と思っていましたが、HPは残って、有料HPサーバーに付随していたこちらのブログのサイトは消えるのかな?それともブログも残るのかな?

よくわからんですが、なるようになると思って、一応2026年3月31日消滅のつもりで走り抜けたいと思います。

PexelsによるPixabayからの画像

一旦まとめます

昨年2025年末あたりから今年2026年頭にかけて書いたことをまとめます。

朝起きぬけに書く文章が頭に浮かんでいましたが、今はもう午後なのでだいぶ忘れているかもしれませんが。

書いては考え、考えては書き

私はずっと昔から「なんでも帳」にいろんなことを書きまくっており、考察あり、予想あり、体感記録あり、図形あり、イラストあり、ととにかく何でも書いてきて、ノートも結構な数溜まったので、数年前に半分以上処分しました。

捨てる前にその記録をパラパラっと見た時に、(すごい!私こんなこと書いてたんだ!)とか、(すげーこと気づいたな。)とか一端の研究者風な記載もあったりして、読み返して自分が驚くようなこともありましたし、読み返して驚くということはそれを忘れていた自分がいるってことなので、知識の定着や考察が血肉になるのって時間がかかるのね。と実感しましたわ。確かに自分にとってはお宝ノート、自社データ、当社調べの集大成ではありましたがズバッと処分しました。

読み返さないし、ノートに書いてアウトプットしたときに次なる思考展開へつながったことにしました。ですから、自分にとってはお宝かもしれないけど、過去データは自分の細胞の一部になったことにしました。

で、こんな考察とかを歴代のブログや現HPのコラムに書いたりしてきて、これはこれで書いている(タイピング)している時に領域展開じゃないけど、思考展開が起きて、自分にとってはなかなかいい働きをします。

また、ヒト様と対話すると、これはこれで別の思考展開があったりして楽しいです。読書しても、最近ならヒト様の動画を見た時とかも、脳ってビュンビュン動いているんだな~って感じる時がある。それとは別に、目に映像は移っているけれど、無になっていて何にも見てない、考えていない時もある。

 

だから、一連の減らず口は昨日今日の話じゃなくて、手を変え品を変えずっと書いてる。そして、少しずつ進化みたいな変化をしている。

isuzu1202によるPixabayからの画像

テレビを見てコラムを書いていた天才著名人

私はほんの時々YouTuberさんについて書く時がある。昨日気が付いたんですが、そういえば残念過ぎるほど残念なテレビを見てコラムを書いていた故天才コラムニストさんがいらっしゃいましたね。

時代が変わって、テレビだけだったところにYouTubeが加わったんだな~って思いました。

私は特にYouTube界にも詳しくないので、実はヒカキンさんやひろゆき氏、その超有名な方の動画も見ないし、他の方もよく知らない。以前ファミリーサポートという有償ボランティアをしていた際に可愛らしいちびっこ達に流行っているYouTuber(えーーーっと、名前が思い出せないので 追いかけっこ と調べましたら「シルクロード」「フィッシャーズ」と出てきました。そうそうこのグループ)について教えてもらったり、利用の仕方を見せてもらったり、超流行っているアーティスト(YOASOBIやAdoやblackpink)について教えてもらったりしてとても楽しかった。

もう今どきは文字を読まないんだな~というのもよく理解したものだから、自分が終わったコンテンツの「ブログ」や「Facebook」しかやっていないからこそ、前回も書いたような(アレ?ご本人がこのブログを読んだ可能性ってあるの?)ということを私の方が驚く。

思い出した他の例としては、無学、無知な私が政治のことを勉強しようとしたときに確かにFacebookではおみそんさんの投稿を以前はよくシェアしていたけれども、しかしこのブログでは触れていないはずなんですよね。違ったかな?

でも、あるとき(アレ?ご本人がこのブログを読んだ可能性ってあるの?)と思うような時もあったんですよ。他の例も含めて アンタ自意識過剰すぎるでしょ という可能性もあるので今まで何も書かなかったけど、まぁブログ消滅するなら アンタ自意識過剰すぎるでしょ も消滅するわけなので書きました。

VIJAYBBN MACWANによるPixabayからの画像

不思議系の体験と考察集ブログを消した

世の中を見たり、セッションをしたりしたり、日常生活をおくっている際の神秘体験と言ってもいいような、不思議体験と言ってもいいようなことをHPや通常のブログとはまた別に記録ブログとして数年間、数年前まで公開していましたが消しました。

明確な理由がありまして、「妙な、変な影響を与えてしまう可能性、実際にそれを感じた」から辞めました。

なんでしょうね、とある皆さんの脳にヒュッと入りやすかったのかもしれないですが、不健康に感じたのでやめました。ただの記録というか、体験記のつもりで書いていましたが、自分がどんなつもりで発信(ブログに書くということは発信ですから)しても、広まった先が不健康な様になったように感じたのはモヤモヤして、自分が気持ち悪くなった。

私の脳なのか、感性なのかは、これを文化とかエンタメとかで処理できなかった。

 

で、消したその数年先の昨年に「サタニスト」という言葉を目にして

サタニストという観念 – 武田美紀のブログ

「う~む、あのサイトを閉じておいてよかった」ことになったし、自分が感じたモヤモヤや不健康感とはこーゆー理由もあったのかもね。と書いている今思った。

 

別に今の私がその手の領域に居ないとは決して言わないし、三上編集長のご活躍もサムネイルで拝見しますが、

  • なにも壁がなく、
  • 良いもののフリをしていることもある
  • 好奇心からどんどん人々が吸い込まれていく扉(だからお金、ビジネスにもなりやすいのかもね、って今思った)、
  • いやかえってその扉の広い広い周辺はその領域に入ったことすら気が付けないかすかな傾斜になって吸い込まれる以外に無い蟻地獄のようなものがアチコチにびっくりする位大きく開いているのはないか?

と勝手に感じている。(笑)

 

本来の意味とは全然異なる、「どこでもドア」みたいな感じ。

 

で、自分がその一端を担っていないか? なにかしらの手先みたく役割をしてないか?というような逡巡がわいたんですよね。

naobimによるPixabayからの画像

 

その手の領域に入らない方が難しいのかもしれない。いや、入ったのち、出てくるのが一番難しいのかもしれない。

それは、それらがウソだということではなくて、サタニスト的な要素ではない精神性というか、ある意味の強さというか、柔軟性というか、それを持っている(持続?)のが難しいというようなイメージだろうか?

才能のあるスポーツマンは柔軟性がある。みたいな感じかな? 違う? う~む、難しい。

 

表現が難しいですが、ある意味の「純粋さ」を生きながら維持するのが難しいというか、清濁併せ吞んだうえで「純粋さ」を維持するのが難しいというか。精神性とか脳の傾向とか、それこそ人間の欲とかそんなこんなで神秘系、不思議系以外にも無限の

”その領域に入ったことすら気が付けないかすかな傾斜になって吸い込まれる以外に無い蟻地獄のようなものがアチコチにびっくりする位大きく開いているのはないか?”

というような話です。

個人的なイメージであり、仮説であり、作り話です。(笑)

Susann MielkeによるPixabayからの画像

 

こんなことを考えたりすると、自分を大切にする。という言葉も深いなぁと思うんですよね。好奇心という本能に従わないことを選択することが結果自分を大切にするような事例もありますかね?という意味です。

 

いろいろあって、一生懸命考えて、滑って、転んで、立ち上がれたような気がしたり、体験して、体感があって、生き方が下手だなぁと自覚したり、いろいろあって、手を切ったりした方がしっくりくる分野もあり、自分の感性を掘り下げたり、

で、おかげさまで最高に幸せだと感じる時間が増えている。大きく占めている。

 

もうこれは本当に奇跡、僥倖だと感謝している。

xxolaxxによるPixabayからの画像

 

私を救った知人の言葉

”いろいろあって、一生懸命考えて、滑って、転んで、立ち上がれたような気がしたり、体験して、体感があって、生き方が下手だなぁと自覚したり、いろいろあって、手を切ったりした方がしっくりくる分野もあり、自分の感性を掘り下げたり、”

というときに迷うこととか当然ありますよね。

 

そして、

”私の脳なのか、感性なのかは、これを文化とかエンタメとかで処理できなかった。”

と書くと、自分の考えを否定されたかのように感じる方もいらっしゃるかと思います。

が、もう少しお付き合いください。

 

世間では「良い」とか「法則」(この時は引き寄せの法則についてではなかったと思うが)とか言われていることを受け入れるのに非常に抵抗がある。というような何か事例を挙げてその友人に話したときだったと思うが、そのような私の反応について意見を述べた友人の考え方が私を救った。楽にしてくれた。

彼が言った意見は「俺はその考え方は採用していない」だった。

 

なんとも明快。天才! 当たり前の考え方なのかどうかわからないけど、私に伝わる言葉としては最高! 天才!

 

そう、だから個々の選択、採用によって各々が幸せに過ごされたそれが一番だと思うことも確かなんですよ。幸せは他人が決めることじゃない。嗜好は持って生まれた性質。嗜好が変わるのも持って生まれた性質。

 

私が好きじゃなくたって、それを好きで採用する方もいるなんて当たり前中の当たり前のこと。

 

ただ、サタニストという言葉を私が創ったわけではないが、それがエンタメだろうと文化だろうと、その視点からこのカテゴリーに分類される思想、エンタメ、文化はあるということですね。

しかし、どの分類で、どのようにカテゴリー分けされようが、「俺は(私は)その考え方を採用しない」で済む話ってことになります。怒ることない、悲しむことない、採用していないんだから。

 

しいて付け加えるのなら、いろんなことをエンタメや文化として発信しているのなら、反対意見もエンタメや文化になりますかね?

これらの線引きって誰の胸先三寸なのでしょうか? と言い出すときりがないので、「俺は(私は)その考え方を採用しない」という私の友人の天才的な魔法の言葉をケースバイケースで採用するってとっても素晴らしい考え方なんじゃないかと思っています。

Jill WellingtonによるPixabayからの画像

 

あと1つ、何か書こうと思っていたことがあったんだけど、忘れました。

文章を書いている間にチラッと思い出したんだけど今は出てこない。

 

思い出したら書きます。

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