認知を知性と書き替えたらわかりやすいのかな

バランス調整・ストレスケア

今、緊急でblog書いてます。(笑)

次はお願いごとについて書きますと前回予告しましたが、流れが良いので今日のこちらを先にアップします。

「人生を1日で立て直す方法」についてのYouTubeをご紹介

久しぶりにYouTuberの「ミルクティー飲みたい」氏がご登場

私のPCがどこまでAI機能を働かせて学習しているのかわかりませんが、昨日「順番を変えてみる – 武田美紀のブログ」をアップしたのち、おススメなのか?視界に登場したこちらの動画。最近こう言った内容のものは見ておりませんでしたが、軽い気持ちで再生したら

あ! 私こんなこと、手を変え品を変え書いてるよ! 今日も書いたよ!

と思ったんですが、私が書いたところで(はぁ? だから? それはあんたの思い込みじゃないの?)みたいな気持ちになる方も当然いらっしゃると思うんですよ。独り言を書いていると申し上げている以上 この ↑ 反応はExactly!なんですけどね。

しかし、同じことでも人気のある方がおっしゃると聞く側の気持ちも変わることが多いし、なにより、Dan Koe氏の考え方を動画にした「ミルクティー飲みたい」氏のまとめ方が素晴らしい!わかりやすい! 話される文末にちょっと入る主義主張も自分とちょっと似ている感じがして私は非常に聞きやすい。

 

基本私は さぁ書き出してみましょう!とか、10個書けとか、素直にやるタイプでして、後回しにすると忘れるのでその時にやるタイプ。単純に楽しいからなんですけど。で、最初動画の中の質問を書き出そうとしましたが、こりゃ聞き流すにしては惜しい内容だなと思い、動画の内容の方を久しぶりにブレインマップで整理しました。もちろん動画内の質問の答えもこのブレインマップに書き加えています。

すると、私が「認知」とか「自己研究」「自己認知」が大切だと思っているその理由が別の角度と言葉で説明されていることもクッキリとマップの中に浮き上がっておりましたわ。すると私自身も思考が整理されるという恩恵にあずかることができましたし、私はこのDan Koe氏と情報の取り入れ方が似ているんだということも理解できました。

 

Mohamed HassanによるPixabayからの画像

認知 認知 言うてますけども

関連記事といったら膨大な量が該当するので、最近の2つのリンクを貼ります。

順番を変えてみる – 武田美紀のブログ

認知の課題と潜在意識の話 – 武田美紀のブログ

 

 

こちらがシェアしたい動画です

 

認知を知性と書き替えたらわかりやすいのかな

動画を見て、認知というと特殊な話題感があるのかな?知性と表現した方がイメージしやすいのかな?と感じた。

 

サイバネティクス

私がいつも「自分の人生を生きるイメージ」に使う画像がまさにサイバネティクスだったわ

昔々のブログに、人生のイメージを「車のナビゲーションに行先を設定するように」と書いたことがあったが、同じようなことも動画内で言っていた。「車のナビゲーションに行先を設定する」のは人生で1回ってわけじゃなくて、必要があれば随時調整情報を入力するから走りながら考えて、変更が必要だと思ったらいつでもしたらいい。みたいなことも昔書いた覚えがある。

いまならGoogleMapと書くところですが。

Clker-Free-Vector-ImagesによるPixabayからの画像

 

 

しかし、車のナビゲーションよりも、 これら ↓ 大きな船じゃなくて、自分とプラス最小限の道具を使うタイプの操舵者の方がしっくりくるようになった為こちらの画像を専ら使ってきた。Dan Koe氏がどのようなサイバネティクス(舵を取る人)をイメージしているのかは不明だが、私にとってはまさに そうそう! そのイメージ! と賛同した。

 

PexelsによるPixabayからの画像

Oladapo OlusolaによるPixabayからの画像

 

人生に激流期もあるよね。

websiteproudによるPixabayからの画像

自分が手に入れたいものを手に入れるための力

Dan Koe氏はそれを「知性」とおっしゃっているらしい。

ひょっとしたらどこかに潜在意識とか集合意識とか現れるのかもしれないが、概ねそちら思想ではなくて「知性」だとこの時点ではおっしゃっているようだ。

私は潜在意識とか集合意識とかが無いとかダメとか言っているわけじゃなくて、その前か、同時進行で「認知」「自己認知」「自己研究」に意識と労力と使うことをおススメしている。

 

動画の中には私の「潜在意識の自動操縦に任せるだけではどうなの?」という違和感に(なるほど、そう表現したら伝わりやすいよね)という1つの答えを提示してくれている。

興味のある方はご自分で動画を1回でも2回でももっとでも見て内容についてお考えいただきたいが、潜在意識に任せっぱなしでは本能の戦い(欲望とか感情とかって含んでも良いでしょうかね)負けるというか、アイデンティティを修正しない限り元の自分に戻る。という事でした。

 

補足すると、”アイデンティティを修正しない限り元の自分に戻る”ことを求めている場合は別です。希望や目的、価値観は様々ですから。

中断 ↓ 余談

キネシオロジー的にはOFFをONにバランス調整をしても、それは”アイデンティティを修正”には当たらないということになると私は認識している。ストレスケアにはなるけれど。(潜在意識に願望を落とし込むという説は今は脇へ置いておいて欲しい。)

OFFをONにバランス調整をしても人生が思う方向へ変わらない、同じ場所から動かない感覚がする場合その理由は”アイデンティティの修正”はバランス調整では起きていないからだという理由も考えてもいいだろうと思っています。 Dan Koe氏曰く”アイデンティティの修正”を起こすのは「知性」であるから、それは顕在意識の領域と言われていますね。アプローチする先、的(まと)が違うことになります。

となると、キネシオロジー的セラピーではなくて、カウンセリングやコーチング的な「自己認知」を確認する対話手法をご提供する方が相談者さんの本当の目的にはマッチしたりするケースも多いかもしれないね。

株式会社ハートフルサンク さまの作成された画像

中断終わり ↑

このニュアンスは動画を見ないとわからないと思う。説明もちゃんとされているのでご視聴をお勧めしたいですが、アイデンティティを修正ということは「認知」「自己認知」「自己研究」をした上での価値観の再確認だったり、固定概念の洗い出しだったり、新しい思考習慣が付くまでのレッスン・練習・トライ&エラー&トライを繰り返しながらの更なる「認知」「自己認知」「自己研究」だったり、行動修正だったりということになるでしょう。

 

これらを繰り返して身についてくるものの1つがメタ認知ではないだろうか?

メタ認知

システムをいじるなら、システムそのものを知らないとできない

”自分の人生をゲームのように捉えて、自分と言うプレイヤーのシステムをいじる。”という非常に素晴らしい例えを話されていましたが、

”自分と言うプレイヤーのシステムをいじる” これをするためにも「認知」「自己認知」「自己研究」が最低限必要だと感じます。動画の中の言葉でいえば「知性」です。知らないといじれない。

 

前回のブログに書きましたが、私はシンドクても自分を解剖して深堀するという「自己認知」「自己研究」「価値観の洗い出し」をするという道にBETしたと書きました。これも昔書きましたが、はるか昔に元TOKIOの松岡氏が「俺、人生はゲームだと思ってるんで。」とおっしゃったという記事をどこかで見た記憶がある。

それとは別に、自分の現実が非常に厳しく、痛く、切なさのオンパレードで神様でも助けてくれない限り自分では身動きがとれない感覚がしていた時期に、(まさに「人生ゲーム」。しばらく駒が動かずお休みか? で、今ゲーム板のどこにいるの? まさか机上のゲーム板から私の駒だけ床に落ちてないよね?頼むよ。)と苦し紛れの自虐的な発想をしたこともあった。

PeggychoucairによるPixabayからの画像

また、楽になる保証もないままに無理にでも「自己研究」「価値観の洗い出し」にBETし続ける際に、先が見えないわけですよ。その頃今のような知識も情報もないし、認知行動療法という存在すら知らなかったし、進む道が合っているかどうか教えてくれる道先案内人もいない、濃い霧の中でなんもわからない。

 

苦しい時期の過去のあるときに、脳内でルーレットが カラカラカラ と回っている映像が脈絡もなく浮かんだのを今でも覚えている。

(ナニコレ?)と思ったし、(ルーレットっていつ止まって、なにを勝ちとすんだろう?)と思ったのを記憶している。

ルーレットが止まるかどうかもわからない。生きている内に止まるのか、止まらないのか? 赤ならどうで、黒ならどうで、00とかに止まることもあるの?とか。

 

これも一種の、小粒な、メタ認知だったのかもしれないね。

Stefan SchweihoferによるPixabayからの画像

 

ギアを上げていく、必要なチカラ加減が変わっていく

メタ認知って、生まれつきか? 自分で得られるものか? と考えたときに

それは持って生まれた才能か否か? とか、それに辿り着ける運があるかないか? なの??? といろんな仮説も立ててみます。

天才ピアニストになるのは努力に才能が必要だと思いますが、初級、中級までは必要な分の努力ができるならいけると思うんですよ。

 

自分の人生の舵を操縦していく際に、環境も自分も変化していくと思うのですが、そういった変化もメタ認知していると自分の現在地が把握できそうで良さそうです。宇宙や世界を感じる賢者的メタ認知である必要などなくて、自分をメタ認知できたら良いとするなら、さっきの「努力して初級、中級の技術を身につける」的な取り組みは意味があると思えて。

興が乗りました。楽しかった。

。 ←を書くとマルハラらしいが、私の文章は 「、」←テンハラと「。」←マルハラのフェスティバル会場です。

AlexaによるPixabayからの画像

 

それにしても色ペンを持ち出してブレインマップまで書いて、これについてブログまで書いて興が乗りました。楽しかった。

「ミルクティー飲みたい」さん、ありがとうございました。

 

まぁまぁ、世の中に似たような感性の部分の方がいて それそれ! と楽しいですし、価値観が気に入らないと(あいつ うるせー)みたくなって距離が遠のきますし、それもひっくるめて生きているってことですね。

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