自分で決めるしかない

バランス調整・ストレスケア

連戦連勝を目指すわけじゃなくて

将来のために今決める

人生は選択の連続だという言葉がありますが、まぁそうですね。

決め時、引き際、いろいろです。

 

こちらのブログは既にお知らせしている通り、どのみち2026年3月に消失します。

というところで、何を書いても消える運命ですが、それもまたいとをかし。

今日は、どうせ消えるなら書いておこうか、という感じです。

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

香港

コロナの前、香港に行きました。単なる旅行です。1つ行きたいところがあって行きましたが、それ以外は気ままな旅行でした。

本当に楽しかったし、脳裏にいくらでも楽しかった瞬間が浮かぶいい思い出ですが、旅行の前から(きっとこれが人生最後の香港だろう)と思っていたので、この先もう行きません。大陸の国はもともと行くつもりが無いので、この先の人生も同じです。(あの国のルーツの知人友人が数名おりましが、彼、彼女は好きです。優しいし、信頼しているし、どこにルーツがあるとか何にも気にしてない。ただこのように文章にする時だけルーツの話を書くだけです。)

 

それは実際に最後の香港渡航の少し前から予感というか、なんとも落ち着かない感覚がありまして、「行くなら今のうちだな」と思ってササっと決めてササっと行きました。そう、それまでは特に何も感じていなかったのに、あの頃からあの大陸の国のルールと関わり合いをなくしたくなりました。

特に何かをされたわけではありません。渡航危険レベルが高い国に行くことが無いように、数値では渡航危険レベルではなくても安心できないという意味だというイメージです。

 

結果、そのあとしばらく(数年)のちにコロナ騒ぎがあって、今は今でこのような社会情勢で、本当に我が決定に悔いなし。という晴れ晴れとした感じです。昔の香港は好きだった。随分いろいろと変わりました。今は前のような興味はないです。

 

多分他国から見たら、昔の日本は平和で文化的で清潔で好きだった。今はもう興味が持てない。というような時期が来るような気がします。

Jude JoshuaによるPixabayからの画像

他には

韓国も同じです。食べ物はおいしいし、韓国ルーツの知人もいますし、仲良くしている英語はネイティブ、日本語も漢字まで読めて、もちろん母国語はネイティブという才女がいますが、笑顔が可愛くて大好きです。しかし、私は韓国に旅行に行くつもりもないし、流行りの韓国コスメよりも、品質がレベチに良いとコスメ製品開発者達から聞く日本製のコスメを使います。

食べ物は大好き。

だから、韓国本国以外で、韓国料理の恩恵をあずかりたいと思います。

 

以前乗り継ぎで仁川空港を利用しましたが、その大きさと整った施設に非常に驚きました。素晴らしいです。ですから、この先の人生で乗り継ぎでお世話になるかもしれません。

Josch13によるPixabayからの画像(写真は仁川空港ではないみたい)

台湾

何度も書いていますが、台湾旅行の際に、台湾の皆さんに非常に良くしていただいて、大好きです。また台湾に渡航したくて台湾のお金を換金せず持っていますが、こちらも情勢が変わってきて、民間の方達は変わらずとても親切だという確信はあるのですが、公的な面でルールがどこまで変わったかわからないので渡航を躊躇しています。

(平野雨龍さんが安全に帰国されていますので、今はまだ大丈夫かな。)

 

残念。台湾の皆さんが感じるように私も残念です。

Markus WinklerによるPixabayからの画像

 

振り返ってみて

そして今は、本当に自分の当時の予感とその予感に何の保証もないけれどもそれを信じてよかったと思ってる。

あの後数年は、自分のあの判断はあっていただろうか?予感はただの気のせいで間違っていただろうか?と事後観察というか、まぁそんな内観と経過観察をしていましたが、数年たった今、最高の判断をしたと自分を称えたい気持ちです。

Jill WellingtonによるPixabayからの画像

損得

その時の損得を判断基準にしてこなかったのが良かった。

そう、こちらを選ぶのは損だとわかっているが、わかりやすく得だと思える選択肢をどうしても選べない。「損して得とれる?ほんとに?」「得ってなに?」といろいろ自問自答します。

感情的な損得で「得」と感じるのは一瞬で、かかわっている人や環境や予測できる数年後、数か月後にhappyが見えないようなことって多いです。その根底にあるのは自社データ、Myデータによる統計思考によるものだと思います。

それは、やってみて、感触を感じて、そして判断することなので、損も得もちょっとはするんですが、ギャンブルの名言に「大きく負けないことが最大に強い」とあるように、小さな損を恐れないことも大切だと思っている。その小さな損で、関わっている方の人となりが理解できるし、自分の欲も弱さも理解できる。それも自社データ、Myデータによる統計にしていく。自分の間違いも素直に認めることも大切。

 

あの時のあの判断で良かった。あの判断はあの時点で最善だった。と思えるのは、そのあと幸せにやれてるからでしょうが、本当にありがたいことに良い判断も、ふがいない判断もそののち(あれでよかった)と思える幸せを実感しています。

 

こんなことは自分のチカラではなくて、僥倖だと感謝しています。

有難いことです。

Gordon JohnsonによるPixabayからの画像

 

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