よく聞く GiverとTaker
こちらにも当てはまられる
書けば書くほど点と点がつながるもんですね。
こちら ↓ に他人の物語を生きるという意味で「お姫様、プリンセス思考」を話題にあげています。
この後、そうか、多分多くのお姫様思考は、「自分の欲求を満たしてくれるため(だけ)の他者の存在」ということが幸せなんだという価値観なのだろうな。と考えたわけですが、これが特別ゆがんだ思考かと言えばそうでもないと思えるんですよ。

Juanita de PaolaによるPixabayからの画像
「自分の欲求を満たしてくれるため(だけ)の他者の存在」
お姫様思考、プリンセス願望と表現するとキャッチーだし、特定の女性(男性)の価値観な感じがして、(俺、私は関係ないわ。)と自分は無関係なつもりになる方も多いと思いますが、「自分の欲求を満たしてくれるため(だけ)の他者の存在」なんだろうな。と見受けられる方の方がほとんどというか、人口割合は多いと思えます。
親子関係で、親が子を意識的にも無意識的にも「自分の欲求を満たしてくれるため(だけ)の他者の存在」として扱っているからアダルトチルドレンや機能不全家族が形成されるわけです。
そして、そういった環境で学習したことは想像以上にその先の自分の人生で同じパターンを繰り返してしまうことがあるし、それに気が付けないことが多い。しかし、個性形成の神秘というか、機能不全家族で育っていなくたって「自分の欲求を満たしてくれるため(だけ)の他者の存在」という関係性のみで一生を過ごす方もいるだろう。
愛や他者の献身(それのみを愛としか認知できない)、他者依存、他者支配は、難しい方には難しいのよね。簡単な方はこれらを混同せず、いとも簡単に愛の世界に生きているけれど。
強運も併せ持っているよね、きっと。
良いとか悪いとかないんですよね。それぞれの生き方、好み、価値観だから。

Clker-Free-Vector-ImagesによるPixabayからの画像
ただ、「自分の欲求を満たしてくれるため(だけ)の他者の存在」という生き方をしている方はTaker(奪う人)だろうとは思う。だから、過去のディズニーのプリンセス思考や、数々のお姫様思考の多くはTaker(奪う人)思考かと思ったりします。
自分への献身量で他者をジャッジするというようなお姫様思考でしたら、ほぼ100%のTaker(奪う人)かもしれないね。でもね、それに尽くすこと、献身すること、支配されることが喜びとする方もいるし、そうすることが愛だと心底信じている方もいる。これこそがGiverだと信じて、搾取されていても「愛」と変換しているかたもいる。信じているということはそれはその方の世界観であるので他者が間違っているという筋のモノではない。ご本人の幸せがそこにあるのなら何よりだと思う。

John HainによるPixabayからの画像
前世はお姫様
今回の私の人生でネットの中や実際にお会いしたことがある多めの複数人に「前世はお姫様だった」とおっしゃる方の独特の選民感も共通点として認識しました。なんとなく雰囲気で周りに「自分への特別扱い」を伝えてきたりする方もいる。なに目線?かなり上からの目線ですね。そうか前世がお姫様だから国のトップ5には入ってそうですもんね。という方もいたよね~。(笑)
今は違うでしょ? 今を生きないの? と思うけど、その前世のお姫様に喜んで尽くして特別扱いする方もいる。世の中はいろいろなんですよ。わたしの好みには合わなくても、武田の好みなどなんぼのもんじゃいってことですよ。(笑)
それぞれの人生を生きるだけなんですよ。

Oladapo OlusolaによるPixabayからの画像
頂きリコちゃん
「自分の欲求を満たしてくれるため(だけ)の他者の存在」という生き方をしている方はTaker(奪う人)ですから、あなたは頂きリコちゃんと同じです。
と言ったら多分ボロクソ怒られると思う。
お姫様思考、プリンセス願望の方は選民思考っぽいものをお持ちかと思うので、詐欺で捕らわれた方と同じなんて言葉は大っ嫌いだろう。美しい物語以外は受け付けないだろう。
そりゃそうだ。
でもね、お姫様思考、プリンセス願望の盲点としては、ヒトより上にいる私が他者(自分より下のモノ。下々のモノ)に施す・ほどこすことをGiver(与える)と捉えて、「私はGiver」「愛を与えている」という価値観である可能性もあります。 う~む、この価値観は「愛」だろうか?
書いてしまうと、なんだか寂しい感じがします。
愛って大切ですね。人生が豊かになる。

LeejoannによるPixabayからの画像
私は愛されなかった
- 私は愛されなかった。
- 愛のバトンを親からもらわなかった。
- 愛を受けとったことが無い。
という悲しみ、嘆き、絶望を感じることがありますか?
これは自分でこれらに向き合って、人生を変えていく、人生を創っていく以外にないと思っていますが、ただただ恨み節を言い続ける人生になってしまうケースも本当に多い。
40歳でも50歳でも60歳でも、もう80歳でもずっと悲しんで嘆いて恨んで、恨み節を言い続けるケースも後を絶ちません。
恨み節を言い続ける、被害者であり続けるのも人生だし、考え方や今までの環境で身につけた人生の舵取りを新しく変えていくのも人生なんですよ。

Melk HagelslagによるPixabayからの画像
愛とは?
わたしが一体何をわかっているのか不明ですし、愛の専門家の方がいらしたら意見が違うかもしれませんが、愛って上も下もなく並列な交流だと思うんですよ。
だから、特別扱いされる立場じゃないと! 特別扱いされる資格が無いといけない。と思っている時点で、愛は湧いてきてないのかもしれない。または、愛を感じたことがないか、愛を感じる感覚が未発達。
そんなこともありますよ。
でも条件じゃないんですよね。感じる時は感じるから。
愛の素晴らしい言葉の発信者や、説明上手な方が愛を実感していないケースもありますから、愛を探すときに外へ外へと行かずに、自分の内側に意識を向けた方が得策な時も多いです。
自分の内側に意識を向けたときに空っぽだと感じたら、育てればいいと思う。もし育てたければですが。
他者とのコミュニケーションを円滑にするテクニックはあると思うし、甘え上手になると良いなどのテクニックといえるケースもあるでしょうが、テクニックと愛はまた違うんじゃないかな。

Gordon JohnsonによるPixabayからの画像
