潜在意識を考えてみた その3

バランス調整・ストレスケア

何度も書いて核心に近づく

自分を掘って、掘って中心へ

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フラクタル性

フラクタルとは、同じパターン、図形の連鎖もエッセンに含むと思っているが

影響、影響力と言って拡散するフラクタルもあるし

中心へ向かうフラクタルもある。

横へスライドすることもあし、過去や未来にも影響するので、フラクタルも全方位の立体なんだろうと思う。

 

今日書きたいのはコレ

何度も似たようなことを書いて、ちょっとずつ自分の違和感の核心へ近づいていくのですが、ようやくちょっといい境地にたどり着いた。踊り場か?

 

それはこの ↓ 記事と関係する。

法則の使い方が悪い? どーゆーこと? – 武田美紀のブログ

 

問題は潜在意識の使い方?

上のリンクの中では「引き寄せの法則」として「法則」とおっしゃるのなら、せめて万有引力の法則程度の確率は保持して欲しい。という個人的な好みを書いた。

 

まさに私の違和感はここだった。

潜在意識の使い方が悪いのではなく

潜在意識の使い方が悪いから引き寄せられないというような解説を聴くことがある。

叶わないのは、願う際の言葉の使い方が云々、潜在意識は「無い」が無いとか、否定がわからないとか、その時の感情が云々とか、いろんなルールをどこかの誰かが決めた。

正しいのかもしれないが、私はこれらを具体的に証明はできない。

 

で、ふと、そもそも、引き寄せという法則云々と、潜在意識を=(イコール)と設定したのは正しいのか?という疑問。

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潜在意識が願いを叶えるのではなくて、実は違うことが願いを叶えるのではないか?

そもそも、潜在意識がうまく使えなくて願いが叶わないといわれている人数と、それが叶うと言われている人数はそれぞれどの程度なのか?

一人当たりいくつ願い事があって、その一人の中でも叶う(叶わない)確立を知りたいものだし、それが100人いたとすると、それぞれの確率も知りたい。

そのルールは本当か?

そして、もっともっとそもそも論なんだけど、潜在意識が叶わないのは、願う際の言葉の使い方が云々、潜在意識は「無い」が無いとか、否定がわからないとか、その時の感情が云々というルールは無関係だという可能性はあるの? ないの?

 

私は、「願いが叶う」も「潜在意識」も「在る・有る」と思っている派ですが、「願いが叶う」と「潜在意識」を連結させる必要はないんじゃないか?という可能性も否定しない。

 

そもそもルータイスの「望めば、叶う。」という本をはるか昔に読んで、当時はこういう考え方好きだなぁと思った。今はもう内容を覚えていないが、今ふと、「願う」のと「望む」のはちょっと違うんじゃないか?などと思った。

願うから叶わないんじゃない? 望めば叶うかもね。なんて。

今思っただけだからこれについてこれ以上深堀できないが、私は「〇〇できたら楽しいだろうけど、まぁ無理だろうな」「これは生きているうちには叶わないな」と過去思った(他者に言った)ことがそののち割と現実になった。叶っている。

その無理だと思った理由は、昔のその時から想像する未来であって、滑って転んで一生懸命生きている間に環境も状況も変わっていって、昔の自分の想像外へ飛び出ちゃったからである。

あれ?そういえば昔無理だと思ったのに叶ってる!ラッキー!と何度も思った。

だから、体験として、言葉の使い方がそれほど神経質になるほど重要とは思っていない。しかし、本心では(叶うもんなら叶うといいな)と望んでいたとは言えるだろうね。

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皆が意識することは起きない。という説

皆が意識することは起きない。という説を7月5日の予言回避の術としておっしゃる方もいた。

集合意識的に、皆が「災害が来るんじゃないの?」と思えば思うほどそれは「起きない」という解説を聞いたことがある。

最初に聞いたときは、(なんじゃそれ? 根底からいろいろひっくりかえっちゃわない?)と思ったものの、なにが本当か私は知らないので1つの説として記憶した。

叶うの?叶わないの?

じゃあ、引き寄せが叶うんじゃないの?と皆が思えば思うほど引き寄せられないという説明にもなりますよね?

 

〇月〇日、願いが叶う。ぜひ拡散してください。みんなの集合意識が作用して叶うから。という話も山ほどあるけれど、こうなると、すでに集合無意識的には拡散されればされるほど叶う説と、叶わない説が両立することになりますわな。

で、どっちなん?

ってか、そもそもこの手の話は本当なの?

潜在意識とか、集合無意識とか、そうやって使うものなの?

「本当は違う意味、意図で存在しているのでは説」はそんなに不自然ですか?

Tide HeによるPixabayからの画像

 

そしてここで最初に戻ります。

 

叶うヒトと叶わないヒトの割合はどうなっているんですか?

それらしく伝わっている「潜在意識」パワーとその解説。叶っても叶わなくても非常に都合よく解説できる魔法の言葉だと最近しみじみ思う。その都合よく使われる様が怪しいなぁと、ちょっと距離をおいても悪くないなぁと思わせる理由でもある。

一本筋が通っていないような感じ。

 

だから、使い方、伝え方、使う側によって、健康的にもなるし、思想コントロールにもなるし、情報に翻弄されることにもなるし、ハーメルンの笛吹き男のように多数をあらぬところに先導することにもなるかもしれない。

WikiImagesによるPixabayからの画像

 

と、こんなことを書きたかった。

たびたび、自分で読み返して、(意味が分からん。文章がわからない)と思うことがあるので、今回はそうならないといいなぁ と思っていますが、もし加筆の必要があれば続編書きます。

 

書けたら書きます。

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