AI神様
そしてその利用者
動画の内容は各自でご判断ください。
私がお知らせしたかったのは動画の 3:43 からの「AIジーザス」についてです。
もうありましたよ。「私は神だ、というAIが」
前回のブログに”「神はこうおっしゃっている」とAIが言い出す。”と書きましたが、とっくの昔にそれはあって、動画の内容では数十万人が利用しているとのこと。
予感(予測)は的中・・・するよねぇ
またまた、私が知らないだけで、もうすでに事象はありました。AIジーザスという語呂の良さも何とも言えない。
その存在を知らない私が予測していたことは当たっていたことにはなりますが(笑) でも人間との相似性、同パターンがあるんだからそうなるよね。

socialtrendspr0によるPixabayからの画像
私の目の前を通ったいろんなケース
直接知り合わなくても、なんとなく見聞きすることってありますよね。噂の域やら、伝聞やら。
今みたいなネット社会には以前より増してよくあること、というか、基本直接会っていないけれどもネットの中には情報があふれていますから。
そういった遠い距離のことも、なんとなく自分の生息域をかすったかな?と思うようなことも、目の前を通ったことに含めてざっくり含めて、
因果応報というとなんか怖く感じることもあるけれども、同じようなことを「行動と結果の法則」と表現する方もいるし、それをもう少し大きな括りで「統計」とおっしゃる方や、パターン、フラクタル性という視点でそれらを思い起こしたり、その先を予測、予感することがありますよね。
私が書くことは、傾向とパターンとその先の展開予想みたいなことも割と多いかもしれませんが、予想が外れることも当然あります。
しかし、やはりある程度のパターンはある。「統計があり、それによって傾向・パターンが現れる事象がある。」ということでしょうか。
行動心理学とか、大衆の操作とか、マーケティング戦略とはこれらに含まれているわけですね。これらを利用している。
自分が生きている環境・社会を意識して観る。ということは、その相似性の1つに「自分を観る」もあるだろうと思う。逆を言うと、「自分を観ないということは、自分が生きている環境・社会を意識して観ない」ということなのか? そういう一面もあるかもしれないですが、その答えは各自で考えていただきたいです。

naobimによるPixabayからの画像
