サタニストという観念

バランス調整・ストレスケア

魔・魔物・鬼

こんな話題はヤバい?(笑)

本ブログはサイトの運営側の都合により来年消失します。ホームページの方は大丈夫なはずだけど私の勘違いでホームページも消失したら今より簡易なホームページを立ち上げます。

サイト側からは本ブログの引っ越し先を紹介されていますが、本ブログに関しては過去のものはもう引っ越ししません。消えるだけです。

ですから少々この話題に触れるとヤバい人だと思われそうなことも、どのみち消えるから書いておこうか。などという気持ちになりました。

 

私がサタニストについて書こうと思ったきっかけは、どこで見たのか忘れましたが次の投稿が目に入ったからです。

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falcoによるPixabayからの画像

私も過去に触れたけれど

船井総研の故船井幸雄氏、後年、エンジェルカード・オラクルカード・メッセージカードを「悪魔の仕業。悪魔に騙されていた」とその成り立ちを全否定された開発作成者で世界的に有名なドリーン・バーチューについて過去数回書いた。

一世を風靡した江原氏も「オーラの色なんてどうでもいいんだ」みたいなことをおっしゃっていたような気がする。

 

根底のニュアンスとしては先項の「占い、霊能、スピリチュアル、オカルトは悪魔への入り口。」ということだろうと思う。

悪魔への入り口ではなくても、自分を失う入り口になるケースはあると思える。失うというより、自分を明け渡すというイメージか。考えるのをやめて、これらから得られる結果に自分をゆだねてしまうというイメージかもしれない。

 

しかし、これらで生計を立てている方も多く、これらのとあるジャンルを扱う方を「ライトワーカー」と呼ぶ思想もあるようだし、そういった方は私のブログは非常に不愉快かと思うし、(なんにもわかってないな)と思われる方もいるだろうし、信じるものが違うのねと何一つ気にならない方もいるだろう。

そして、私は今現在の思考をアウトプットしているだけなので、イライラすることなく、傷つくことなく、何も気にしないでほしい。姿の見えない遠い国の人のたわごとだ。

ということも何度も書いた。

 

ただ今回は「サタニスト」というネーミングがやけにしっくりきちゃったので、気になっちゃうと書きたくなる。

サタニストとは?

ネットで調べたら深い沼が待ち受けていて、深い沼が深すぎて、「陰極まれば陽」的に世界規模に話が広がるような説もあるようですが、私の風呂敷はそれほど大きくなくて、それに魅了される理由のようなところをこれまでと同じように書きたいと思う。

理由は、私は相談業をしていて、相談者に限らず世の中を構成しているヒト様の多様な価値観や、感情、嗜好についてついつい思考してしまう癖があるからです。

lil_foot_によるPixabayからの画像

勝手に推測①

大いなるものと(サムシンググレートという方もいるが、実はそれがサタニストに分類される大いなるものという可能性だってある)つながっている、つながりがある、つながりが持てるということに安心感や優越感、特別感があり、そういった感覚に依存する、中毒化などが含まれている。

そこの自己価値が存在意義だと決めている方もいらっしゃる。

ライトワーカーのつもりのサタニストというもの非常にシュールだが、真偽を決めるのは私ではない。

 

流行ったスピリチュアルなんて、とてもそこが悪魔への入り口なんて感じないけれども、あまりに多くの人たちが瞬く間に魅了されていく様や、勝手に奥深さやルールを決めて知識、見識の優劣を競い始めるのもおかしなことと言えばそんな気がする。そして、損や罰を心配したり、恩恵を失うことを危惧してそれらからなかなか離れようとしないのもおかしな反応だと思えばそう思える。

勝手に推測②

このジャンルにかかわっていることで自己能力の優位性を感じる。

満足感がある。

勝手に推測③

信仰と「占い、霊能、スピリチュアル、オカルト」が同一。

勝手に推測④

占い、霊能、スピリチュアル、オカルトこそがこの世の真実だという価値観がある。

今はAIが仲間入り

占い、霊能、スピリチュアル、オカルトこそがこの世の真実だという価値観があると仮定したときに、

依存対象としてどんどん加わっているものに、YouTubeからの情報や、AI 特に受け答えしてくれるAIがこの世の真実だという価値観に参加して久しい。

isuzu1202によるPixabayからの画像

 

AIも魔物?サタニストを育成?

論を展開していくと、AIも魔物?サタニストを育成?という疑問がわいた。

 

ポイントが、自分を失う入り口にななったり、失なったり、自分を明け渡すということにつながるのならそういう一面もありそうですが。

Thomas WolterによるPixabayからの画像

付き合い方次第。と言い切っていいのか?

私は全知全能でもありませんから、記述してきたモノ達と要は付き合い方次第。と言い切れるのかどうかは知りません。

 

占い、霊能、スピリチュアル、オカルト、YouTubeを含めたSNS、対話型AIなどとの接点が増えていくヒトは多いが、減っていくヒトは少ないような体感がある。

 

やめられない、とまらない。

かっぱえびせんの名コピー通り。

1つをやめても、他へスライドしているだけで、基本「占い、霊能、スピリチュアル、オカルト、YouTubeを含めたSNS、対話型AI」の利用の域を超えて依存してしまう。

 

世の中は変化して様変わりしていく。

 

人間の本質はどの程度変わっていくのでしょうか?

ローマ人の格言が今なお現役ということは、本質はそんなに変わらないものなのかもしれないですね。

rubyliaによるPixabayからの画像

 

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